Jazz は楽しいものです。
私がラジオでJazz を好んで聴くようになったのは、大学生になり学生寮暮らしを始めた頃で、丁度スタン・ゲッツがBossa Nova を世の中に広めた後ぐらいの時代になります。寮は4人一部屋でしたので、夜、音量を絞ったラジオから聴こえてくるJazz♪~ を楽しみながら、生意気にも「生きている幸せを感じる」等とほざいておりました。

当時のLPレコード一枚の値段は大学卒初任給の20分の1から10分の1くらいでした。自分でステレオの再生装置を持ち、レコードを買って楽しむ事は、ほとんど不可能に近いものでしたので、専ら始まったばかりの東海大学による「FM東海」を聴いて楽しんでおりました。

町にはJazz 喫茶等、客にレコードを聴かせる喫茶店が多く出現しましたが、最初に入ったJazz 喫茶の雰囲気が暗く陰気で、客が一杯のコーヒーを啜りながら、しんねりむっつりと曲を聴いているような塩梅で、これらの店には馴染めませんでした。

自分でアンプ、ターンテーブル、スピーカーを購入し、LPレコードを集め始められるようになったのは、社会人になって4年目ぐらいではなかったかと思います。その頃でも月にLPを一枚買えれば良い方でした。生のJazzを聴き始めたのはそれより少し後になってからで、赤坂から千駄ヶ谷に移った「無限」、六本木の「Misty」、「バードランド」等夜の世界の雰囲気を味わいに良く出かけたものでした。その後、海外勤務となり10年ほどJazzとは疎遠になり、帰国して本格的に?英語の歌を好んで歌うようになったのは、それから4~5年後の事でした。ポップスや少しJazzっぽい歌のレパートリィも増えていったのでした。

ブルー・スカイズを初めて聴いたのは、第3回目の定演の切符を偶然入手したのがきっかけでした。メンバーの数は今よりずっと少なかったのですが、皆さん如何にも楽しそうに歌っているのを見て、参加しようかどうか逡巡して居りましたが、家人から背中を押されるような形でブルー・スカイズ発足4年目の5月から参加するようになりました。

合唱は小学校時代の少年合唱に続き、大学生の頃には混声合唱に参加して居りましたが、歌曲が中心で、Baseパートですので、それこそ和尚さんのお経の様で面白みに欠けました。ブルー・スカイズでは編曲が素晴らしいという所為も有るのか、歌っていて実に楽しく、1週間が待ち遠しくてなりません。皆でハモる、スウィングする…良いですねエ。これからも宜しくお願いしたいと思っております。

ベース:M.