2011年08月

”The lady is a tramp” 第3話

第3話 逆のおもしろみ

アメリカでは「ある人物をROAST する」番組を時々テレビで見ることができますが、それは偉業を成し遂げた人や成功を讃えるに値する人を、良く知る人たちが一人ずつ演台に立ち、言いたい放題ケナしたり、こけにして、その人となりの人間的なところを暴露するGALAパーティーを放送するというものです。

全員が正装してまじめにこの一人の立派な人の前で演説するわけですが、なんと悪口やおもしろいことを言うので、コメディー番組のように皆ゲラゲラ笑って楽しみます。さんざケナしておいて最後にこの人はすばらしい人物だと結ぶわけです。


        


最近では日本でも明石家さんまが著名な教授などをこけにしたりしているのを見ますが、ちょっと前までは考えられないことでした。30年以上前にこれを初めてテレビで見たわたしはまったくなぜこんなことをするのかがわかりませんでした。日本人的には偉い人は自分とは関係のない世界に生きる崇める人だと思っていましたので。

偉い人でも偉くない部分、威厳があってもユーモアのある部分、成功と同時に失敗する部分、堅苦しいだけでなく愉快な部分、難しいだけでなく優しい部分があって一人の人間になる。こうした逆の部分を知るとその人間の深さや努力の一部が感じられてより良く理解出来ることがわかってきました。


                          
                                   

”The lady is a tramp” ではどのように逆を楽しめるでしょうか。

まずLADY とTRAMPは真逆のことば、
その時代淑女はマナーにしばられ、その通りに行動しなければ「あばすれ」と呼ばれるのかもしれませんが、LADYの極端な逆のTRAMPという言い方を軽く楽しんでいるようにも感じられます。

遅れては迷惑な劇場で遅れて行くのがいいとされる社会を風刺し、
位のある人を選んで一緒にゲームをしようとする手合いに苦言を呈し、
カルフォルニアを湿って寒いところとわがままを言い、

と逆のおもしろみをユーモアとして軽く楽しむ、そのことにより、古い歌がなんと現代にぴったりとあったようにみえます。

女性は自己主張をし、わがままも反対意見もきちんと表現し、自然を愛し、いきいきとやりたいように人生を歩む、とすれば今頃の「とんでる女性」でしょうか。



私は69年ニューヨークに住み始めましたが、その頃GLORIA STEINEMがウーマンズリブ運動で活躍し、色々やってのけるのに憧れました。それから数々の勇気ある女性達により世の中はずいぶんと変わりました。しかし、未だにGLASS CEILINGは厚く、アメリカ大統領になった女性はいないし、女性の地位が他の国と比べても高くありません。大統領に立候補したHILLARY CLINTONも根強い女性の反対派がじゃまをして、人気が上がりませんでした。女性の敵は女性なのでしょうか。

アメリカの「とんでる女性」は女性同士の葛藤「うらやみ、うらみ、ねたみ」の解決法を研究し、能力のある女性が活躍できるよう体制を整え、もっと社会をリードしていってほしいと願います。

LADYなどで満足していることなくTRAMPであるほうが女性の未来像なのでしょうか。

by M.S.

             

”The lady is a tramp” 第一話

第一話 徒然なるままに


The lady is a tramp は1937年のロジャースとハートのミュージカル “Babes is Arms”のなかで名子役に歌わせる歌として作られました。


歌詞はニューヨークのハイソや、そのエチケットを風刺しています。夕食を夜8時に取るとか、劇場に遅れてお出ましになる、うわさ話が好き、位の高い人を選んで遊ぶ、と皮肉っています。

そうした中、自由奔放にそれを否定すると社交界からは異端児として見られ、Trampと言われてしまうというわけです。今の女性にとってはこの歌くらいの行動は普通だし、意味がわからないと思われる方も多いと思います。そしてこの歌詞にはそういう女性を応援しているようにもとれます。


異端児(Tramp)と思われている女性が自分の気持ちを表している歌詞、

   I like the free, fresh wind in my hair,
   Life without care, I’m broke, it’s ok.

                   髪なびかせて、自由にのんきに、

                       お金ないけど、いいじゃない 

なんか淑女がボヘミアン的な一般女性になったように聞こえますよね。

                                 

いつの時代にもそういうたぐいの話はあるもので、2008年、サブプライムローンの問題が世界経済を揺るがす中、その御陰で大金持ちになったニューヨークの投資ファンドのファルコンという人物がいますが、夫婦して地方出身で生まれと育ちが悪く、その言動が見栄っ張り、欲張り、派手なのでニューヨーク社交界から「品がない」と現在総スカンを食っています。今の時点で見るとわたしにも「あんなことしたら嫌われる」と思えるのですが、時が経つと人の気持ちが変わるかもしれませんね。        

                                                        


ミュージカルは見られませんが、同じ題名の1939年の映画があります。その映画を見ました。ミッキールーニー(19才)とジュディガーランド(17才)が共演しています。今の「アメリカンアイドル」を思わせるエネルギーと才能に溢れる若き日の二人が歌って踊っています。

わたしがテレビで見たミッキーはコメディアンの大御所でしたのでびっくりでした。またジュディは映画「オズの魔法使い」で名演技をみせ、次にこの映画に出演しました。


この映画はアカデミー主演男優賞(ミッキー)と音楽賞を取りThe lady is a trampは金持ちのわがまま娘が出てくるとBGMで流れて来るのみで誰も歌いません。

                         ★  ★  ★  ★  ★


それにしてもなぜ「カルフォルニアがきらい」なのかと、長くカリフォルニアに住んでいたわたしにはカチッとくるわけで、


12月から3月まで雨期なので運悪くその時に来たのではないか、とか


その時代東部と西部、北部と南部、白人と黒人の格差は今と比べ物にならないくらいだったので、東部の人はカルフォルニアをばかにしていて、「女性はロンゲでビキニ姿、男性はマッチョで脳みそが空、そして変な新興宗教がはびこる」という感覚はわたしがいた70年代にも十分にありましたし、今もニューヨーカーは緻密で伝統的、古典的な気分を誇りにしているところがあります。

というふうに説明したくなってくるのですが、


単にわがままで自由奔放の女性が「キライッ」と言っているだけというのが妥当な考え方かもしれません。また、一般的にドライで暖かなカルフォルニアをうらやんで逆説的な言い方をし、ユーモアを楽しんでいるのかもしれません。



 by M.S.       
           続きはこちらから 

”The lady is a tramp” 第2話

第2話  時間の感覚

ロンドンで12時にお昼を食べようとしたら、レストランはどこも開いていませんでした。日本や米国では11時半に開店し12時頃には賑わっていると思いますが、ヨーロッパのレストランは12時半に開店し1時に食べ始めるというのが普通のようです。

この3月にフランスの田舎でも30分バーで待たされ、12時半でも眠そうな顔で「もう来るの」という態度で通されました。イギリスの4時のハイティーやラテン系国のスィエスタなどが加われば、ヨーロッパで夜8時に夕食というのは現代でも普通の感覚でしょう。

ニューヨークで高級レストランに行くときは、やはり8時頃の予約をとるのがちょうど良い時間になるのでしょう。ミュージカル、オペラ、演奏会は夜8時にスタートするので、近くのレストランではそれに合わせ特別メニューを用意し、さっと食べてショーに間に合うように計らってくれます。食事に2時間費やすことなく、量も少なめで、高級レストランを楽しめ、お値段も手頃です。店側はその後普通の夕食の人がくるので、ちょうどいいわけです。

夜八時の夕食というのは現在のせっかちな日本人や米人にとって遅いほうだと思いますが、”The lady is a tramp”では、「すばらしいディナーであっても8時に食べるなんてイヤ」とハイソなのに現代の一般的な感覚をもった女性だなあと感じます。

                                                     


Fashionably late という言葉がありますが、 パーティーに招かれた時、ぎりぎりまで用意に追われている招待する側に配慮して、少し遅れて到着するのがおしゃれということで、現代でも通用します。

しかし、歌の中にでてくるように劇場で遅れたらどうでしょう。客席に座っている人たちに注目されながら、しずしずと登場するのが格好のいい淑女という時代があったのでしょうが、今の時代、入れてくれない劇場も多々あり、どちらかというと周りの人に迷惑な顔をされるのが落ちでしょう。                 
                                              
                                                                


一昨年のSpice Girlsで1時間待たされ、去年の Paul McCartneyで1時間45分待たされ、カルフォルニアで公演開始時間を遅らせるショーに2度も遭いました。たまたま両方とも英国の歌手だったので、わたしは英国で電車や飛行機で定時に出発した経験がないことから、「やっぱりそうか」と思いましたが、もしかして、彼らは格好をつけていたのかもしれません。たしかに待たされている間、SPICE GIRLSのコスプレを楽しんだり、大音量で流れて来るPAULの歌をみんなで歌ったりパーティー気分で盛り上がりました。

by M.S.

        

ブルー・スカイズ紹介
お薦めリンク
QRコード
QRコード
  • ライブドアブログ